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この絵は鎌倉を中心に不動産事業を展開している㈱COCO-HOUSEのHPの巻頭の絵としてシリーズ展開しているもので、
鎌倉・逗子・葉山を中心として合計130枚(2018/1/1)もの風景画を描き、今後も週1枚のペースで描き続けていきます。
またそれらの多くの絵は、4枚連作の新機軸の絵としてお楽しみいただけたら幸いです。

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COCO-HOUSEのHPからの私の風景画130
 

 


 
相模湾に突き出た岬の山頂が大崎公園で、小坪湾を眼下に、富士山、伊豆箱根連峰、大島が見渡せる、ちょっとした穴場の景勝地です。

厳冬期の今は公園の巨木も葉を落とし寒々としていますが、木の中ではもうすぐやってくる春のために着々と準備をしているのです。ほら、小さな木の芽がもう顔を出していますよ。

(逗子 大崎公園)

 
 
 
カリスマバイヤー藤巻幸大氏に認められたブランド「DOPE AND DRAKKAR」が、
東京青山から鎌倉の稲村ケ崎にお引越ししました。


D&Dブランドは、草木、自然素材、天然石を使ったT-シャツ、オーガニックジーンズやアクセサリーなどのセレクト雑貨など、鎌倉の風と光、そして空と海を感じながら自然体でモノづくりをしている3姉弟の手によるオリジナル品で、私が末っ子の麻美で〜す。
江ノ電稲村ガ崎が最寄り駅、お散歩がてらぜひお立ち寄りください。


 
 

陶芸の世界に旋風を巻き起こした北大路魯山人の星岡窯は、山崎の地に静かに眠っていました。

漫画「美味しんぼ」の海原雄山のモデルともなった彼の実像は、傲慢不遜そのものとのことですが、その作品は圧倒するスケール感があり、陶芸好きの私もその美意識の美しさと強さ、そして繊細さに魅了された一人です。

(鎌倉・山崎)

 
 

荒崎海岸は海底の地層が隆起したリアス式海岸で、岩礁を抜けてまた岩礁へと紆余曲折しながら続くハイキングコースは、ちょっと感動的です。

荒崎の「夕日が丘」からは富士山や伊豆の山々が一望されますが、そこを出発点としての長浜までの岩場の道は、たくさんの奇岩や洞穴、岩礁などを楽しむことが出来ます。
その中のひとつの湾曲した地層がむき出しになった弁天島を目の当たりにすると、その迫力に圧倒されます。

(荒崎海岸・弁天島)

 
 
 
江ノ電は鎌倉駅を出発し古都を通り抜け、7分で「稲村ケ崎駅」に到着します。
ここからはまさに、湘南のど真ん中を走ることになります。


稲村ケ崎に住む人の多くは、趣味豊かな人が多いようです。
特にサーファーにとっては聖地のような場所で、
朝一番に前の海で波乗りをして、それから朝食を急いで食べて出勤となるようです。

(江ノ電稲村ケ崎近辺)

 
 
 
鶴岡八幡から海まで一直線に伸びる若宮大路、その一番海に近い場所にドンと一の鳥居が構えています。
あっ!鳥居の上空にサンタクロースが・・・!


一の鳥居は4代将軍徳川家綱によって造られたのですが、関東大震災でこの鳥居を含む3つの鳥居すべてが崩壊し、一の鳥居のみが再興されました。
御影石の継ぎ目にそのときの破損の跡が見られます。

(鎌倉警察署前)


 
 

一口に観光といっても「観る」だけでなく、「学ぶ・知る」観光も増加しており、今日も中高年の一団が鎌倉・光明寺を訪れて、熱心に講師の先生に質問していました。

我が家からほど近い浄土宗の大本山であるこのお寺は、とてもおおらかな寺で、散歩途中で本堂に上がり込み、柱にもたれて一休みしたり、池の蓮を眺めたりしています。
境内にはたくさんのネコがおり、そのネコ君たちも実におおらかでフレンドリーなのです。

(鎌倉 光明寺山門前)


 
 

鎌倉駅が開業したのは明治22年、時計台があるハイカラな駅舎として評判でした。昭和59年に建て替えられた今の駅舎も、時計台のデザインをそのまま踏襲し、1日平均4.5万人の乗降客で賑わっています。

旧駅舎の時計台は、鎌倉駅西口広場に時計塔として残されましたが、その広場は外人観光客等の集合場所ともなっていて、時代の変遷を時計台は見つめ続けてきたのです。
そして西口と言えば、改札口から左手すぐに「ココハウス」があります、お気軽にお立ち寄りください。

(鎌倉駅東口)


 
 

和賀江島は日本最古の人工の港として作られましたが、
今は満潮にもなると、かすかな島影とガレキ石が波間から顔を出すように
昔の面影さえ残さない姿になりました。


港の完成は1232年、島を基点に半月のように防波堤が創られ、東国の貿易の拠点として日本各地との交易で賑わいましたが、度重なる震災や波の浸食等により、このような姿に変わり果てました。

(材木座海岸 和賀江島)



 
 

東勝寺橋あたりはすでに紅葉が始まっており、
それが滑川の渓流の水面となって映り、深山に来たような気分になるのです。

この橋のすぐ近くにある東勝寺跡は、鎌倉幕府の最期となった北条一族が滅亡したした場所でもあり、
歴史の流れは流転し、再び鎌倉がこのような賑わいを見せるとは、その当時は知る由もなかったでしょう。

(鎌倉 東勝寺橋)

 
 

鎌倉彫寸松堂は、寺院建築と城郭建築を合体させた豪壮な店構えで、
800年の伝統を持つ鎌倉彫の逸品を取り扱っています。


わが家も椿を彫った鎌倉彫のお盆を持っていますが、
鋭い彫りとそれによる陰影の味わい、漆の渋い色調と、毎日使い込むほどそのお盆が生活の中になじんできて、鎌倉人ならではの生活道具となりました。

(鎌倉 鎌倉彫寸松堂)

 
 

この町ではクラシクカーが風景の中にしっくり溶け込んで、
違和感なく様になっているから不思議です


海に隣接したリゾートエリアの片隅に止まっていた見たこともないこのクラシックカー、なんと前輪2つで後輪1つの3輪のスポーツカーで、インターネットで調べてみたところ、ローマックスという車名でした。
風を切って国道134号線を疾走してみたいものです。

(鎌倉市材木座 鎌倉マリーナ)

 
 

人力車ならではの、鎌倉見物があります。
それは路地から路地へとまわる、鎌倉裏街道の旅です。


鎌倉の魅力は名所旧蹟もさることながら、大通りから外れた裏通りの生活の息づかいのする町並みで、それは人力車ならではの自慢のコースでもあります。
手入れの行き届いた小さな日本庭園、古い板や竹の塀、枝ぶりのいい樹木、季節の花々・・・、人力車からの眺めは、デープな鎌倉を堪能できます。

(鎌倉 川喜多映画記念館)

 
 

天園ハイキングコースから見る建長寺の森は、かすかに紅葉が始まっていました。

建長寺は鎌倉五山の第一位の臨済宗の総本山で、禅宗の道場として建立されました。
禅宗は武士の気風にあっており、鎌倉の武家文化の精神的支柱になったと思われます。
そのためか広い境内を歩くと、静寂の中に凛とした緊張感を感じるのは、そのためのようです。

(天園ハイキングコース)
 
 

大楠漁港の目の前にある丸吉商店は、昔ながらの生きのいい魚屋さんです。

この店の特色は何といっても目の前の相模湾でちょっと前まで泳いでいた魚が店に並んでいるわけですから、鮮度はバツグン、遠方の料理屋さんも買い付けにやってきます。
魚を下ろすのが苦手という方もお店のお兄さんがちゃんとやってくれ、ついでに料理のコツも教えてくれます。

(大楠漁港前 丸吉商店)

 
 

鎌倉芸術館前に、不思議な不思議な鋼鉄の扉があります。

長い修復工事を終え、10月より鎌倉芸術館がリニューアル・オープンしました。
上の現代彫刻も含め、美術展示のみならず、音楽や芸能などの各種のイベント催事が行われますが、わが妻の狙いは映画鑑賞会で、巷で主流となっているチャラチャラした青少年向けの映画ではなく、通と言われる映画好きにこそ見ごたえのある映画鑑賞がたまらないそうです。

(大船 鎌倉芸術館)

 
 
 
空家再生は、町の再生です。

町を歩けば以前より「空家」が目立ちませんか。
たとえば鎌倉の空家率は前家屋の1割を超え、年々増加の一途を辿っています。それは町の景観のみならず機能までも損なう恐れが出て来ました。
その対策の第一歩は、法律を知ることで、その分野の法律を専門とする久保弁護士といっしょに、空家問題の対応策を考えませんか。

「久保先生と一緒に空家問題を考える集い」参加者募集 

 
 
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